仙台高等裁判所 昭和24年(ネ)16号・昭24年(ネ)14号 判決
第一審原告 須藤藤市
第一審被告 升川喜三郎
一、主 文
第一審被告の本件控訴を棄却する。
原判決中第一審原告須藤藤市及び第一審被告間の部分を左のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告須藤藤市に対し金六万八千百四十六円四十七銭及びこれに対する昭和二十一年九月二十一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第一審原告須藤藤市のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。
この判決は第一審原告勝訴の部分に限り第一審原告において金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
第一審原告(昭和二十四年(ネ)第一四号事件控訴人)代理人は「原判決中第一審原告須藤藤市のその余の請求を棄却した部分及び第一審原告に訴訟費用中十分の七の負担を命じた部分を取消す、第一審被告は第一審原告須藤藤市に対し金五万六千百九十四円五十銭(原判決で認容された金一万二千百六十二円四十七銭以外の分)及びこれに対する昭和二十一年九月二十一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用中当審における分及び原審における右十分の七の部分はいずれも第一審被告の負担とする」との判決を求め、第一審被告(右同事件被控訴人)は控訴棄却の判決を求めた。第一審被告(昭和二十四年(ネ)第一六号事件控訴人)は「原判決中第一審被告勝訴の部分を除きその余を取消す、第一審原告須藤藤市の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする」との判決を求め、第一審原告(右同事件被控訴人)代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、第一審原告代理人において、本件損害額については昭和二十一年度以降諸物価騰貴し殊に昭和二十三年度は相当騰貴したもので、耕作人夫賃の如きは二十万円以上に達するのであるから、請求金額は拡張しないがこの点の趣旨を含めて主張するものであると述べた外、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
第一審被告喜三郎が、昭和二十年五月八日、第一審原告藤市宅において右藤市を殴打したことは当事者間に争がなく、右事実とその記載内容が原本と相違なくその成立に争のない甲第四十三号証、第四十六号証、第六十八号証、原本の存在及び成立に争のない乙第一乃至第四号証、右甲第四十六号証の記載に照し真正に成立した原本とその記載内容が同じであると認める甲第三十号証を綜合すると、第一審被告喜三郎は同日第一審原告藤市宅を訪れ、偶々風呂の火焚きをしていた藤市に対し、同人方の薪は右喜三郎がさきに他から買受けた木を盗んだものではないかと疑いこのことを詰問したが、藤市がこれを頑強に否認したことから喜三郎は憤慨し、藤市を難詰の上矢庭に藤市の頭部顔面部等を手をもつて殴打し、藤市が室内に入ろうとするやこれを追かけて手をもつてその顔面部を殴打し、因て藤市に対し右眼部に損傷(この程度は次に判断する)を与えたこと及びその後間もなく藤市はその右眼が失明状態となつたことを、いずれも認めることができる。尤も右乙第一乃至第三号証記載中には右認定と矛盾するような記載がないわけではないが、他の前掲証拠と相俟つて右のように綜合認定する妨げとなるものではなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そこで、第一審原告藤市の右殴打による右眼損傷の程度及びその右眼失明状態との間に因果関係があるかどうかの点につき、審案するにその記載内容が原本と相違なく、その成立に争のない甲第四十乃至第四十八号証、第六十八号証、第六十九号証、乙第八乃至第十七号証、前掲乙第二、三号証、原審証人柴田ナエの証言を綜合すると第一審原告藤市は八歳のとき左眼に俗に風眼と称する眼病を患い角膜実質炎を起し、これを失明するに至つたもので、その右眼も通常の健康眼に比し視力が低弱であつたが、田畑の耕作やその他の労働には差支ない視力を有していたので、田畑約六反歩を人夫の手を借りることなく耕作してきたものであること、しかるに第一審被告喜三郎に前示のように殴打されたゝめ、右眼の辺に出血し右眼前房出血と診断され、その視力は約一米の距離で指数を数え得る程度に低下し、医師の治療を受けたにかゝわらずその後間もなく失明状態となり、この視力はその後回復の見込なく、ために藤市は農耕に従事することができなくなつたこと、本件殴打前において藤市の右眼の視力が通常の健康眼に比し低弱であつたことについて梅毒性疾患によるものかどうかは、右殴打後の医師の診察によると必ずしも一致した結論がでゝいるわけではないが、血液検査等の結果は陰性と見られるのであり、たゞ外見上梅毒の特徴が見られるが、これを明に梅毒と断定する根拠が十分でないこと、しかし藤市は左眼に角膜実質炎を患つた当時右眼も同じくこの疾病に冒されたことが推定されるのであつて、その梅毒性であることの根拠は十分でないとしても、少くとも右角膜疾患のために右眼の視力が低下していたのであり、いずれにしても右眼の視力は通常の健康眼に比し低弱であつた事情にあつたものであること、しかし右角膜疾患はその病状が殆ど進行していなかつたのであり、その病状変化により将来視力を失うようになることも考え得られないのではないが、本件殴打前はとにかく右のような状態で前示田畑農耕に堪え得る程度の視力は保有していたものであることを認めるに十分である。右証拠中には必ずしも右認定と牴触する部分がないわけでもないがその点は採用しない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして前掲乙第一乃至第四号証を綜合すると、第一審原告藤市方は家族の者も眼が悪く藤市の兄も失明しているのであるが、藤市が眼が悪いということは第一審被告喜三郎もこれを知つていたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。以上の事実によると、第一審原告藤市は第一審被告喜三郎から前示のように殴打された結果右眼前房出血の損傷を被つたもので、通常の健康眼であるならば或は失明状態にまで至らなかつたものと思われるが、藤市は前示のように前から眼病で通常の健康眼に比し視力低弱であつたためついに失明状態にまで至つたものであり、藤市の右眼が当時右のような状態にあつたことは、喜三郎においてこれを知つていたのであり、仮にその点に十分の認識がなかつたとしても少くとも通常の注意によりこれを知り得べかりしものであつたことが認められる。従つて右喜三郎の殴打と藤市の右眼が失明状態となつたことゝの間には因果関係があり、喜三郎は藤市が右のようにして失明状態となつたことにより藤市の被る通常の損害につき賠償責任あるものというべきである。
そこで右損害の範囲及び数額につき審案するに、
(一) 前掲甲第四十三号証、第六十八号証、原審証人柴田ナエの証言及びこれらによりいずれも真正に成立した原本とその記載内容が相違ないものと認める甲第六乃至第十五号証、第二十四乃至第二十九号証を綜合すると、第一審原告藤市は前示右眼損傷及び失明状態となつたため、治療の余儀なきに至り、その費用として金九百七十五円六十七銭及びその通院のための交通費として金百十五円八十銭合計千九十一円四十七銭を支出したことが認められる。第一審原告藤市は右治療費として金千九十九円十七銭、右交通費として金二百二円八十銭を支出した旨主張するが、右認定以外の治療費金百二十三円五十銭、交通費用八十七円についてはその支出を認めるに足る証拠はない。
(二) 前掲甲第四十三号証、第六十八号証、原審証人柴田ナエ、小川留蔵、菊地秀政の各証言及びこれらによりいずれも真正に成立した原本とその記載内容が相違ないものと認める甲第十六乃至第十九号証、第二十乃至第二十三号証を綜合すると、第一審原告藤市は従来田畑約六反歩を耕作していたが、前示右眼損傷及び失明状態となつたため自ら農耕に従事することができなくなつた結果、親族その他他人の手を借りて農耕を継続するの余儀なきに至り、その昭和二十年度分の人夫賃として第一審原告主張のとおり合計金九百四十七円五十銭を支出したもので、右程度の支出が必要であつたことが認められる。第一審原告藤市は同人が右眼失明状態にならなかつたなら昭和二十一年度以降もなお十七年間故障なく農耕することができたのであるから少くとも金一万六千百七円五十銭の支出を要するものである旨主張するから案ずるに、その記載内容が原本と相違なく成立に争のない甲第一号証によると、藤市は明治三十七年三月十七日生であることが認められ、昭和二十一年当時は四十余歳であることが明であるから、通常の健康眼の持主ならば第一審原告主張のようになお少くとも十七年間は農耕に従事し得るものといえる。しかし藤市は本件事故においても左眼は失明し、右眼も角膜疾患で通常の健康眼に比し視力低弱であつたもので、当時その病状は殆ど進行してはいなかつたものゝ将来病状悪化すれば、視力を失うようなことも考えられる状態であつたことは前に認定したとおりであり、従つてその農耕に堪え得る視力を保持できる期間も少くとも通常の健康眼の所有者に比し遙かに短い半分以下の期間と推定するのが相当であるから、藤市が右農耕に従事し得る期間は第一審原告主張の十七年の約半分以下の八年と見るのが相当である。しかし右期間諸物価が次第に騰貴してきたことは顕著な事実であり、これと前認定事実に前掲甲第六十八号証、原告証人小川留蔵、菊地秀政の各証言及びこれらに徴し成立を認める甲第四十九乃至第六十七号証、第七十乃至第八十一号証を綜合すると、藤市は前示昭和二十一年度以降八年間の耕作人夫賃として少くともその主張の金一万六千百七円五十銭の支出を余儀なくされたものと推認することができる。
(三) 藤市が喜三郎の前示殴打により右眼を損傷し失明状態となつたことにより、精神上多大の苦痛を被つたことは明であるから、その慰藉料の額につき審案するに、前掲甲第一号証、第四十三号証、第六十八号証、乙第一号証、成立に争のない甲第八十二号証、その記載内容が原本と相違なく成立に争のない乙第五号証第十八号証を綜合すると、藤市は明治三十七年生で小学校は殆ど通学せずに退学し、妻及び三男鉄男(昭和十四年生)長女トシ子(昭和二十年生)等の家族を有し、田畑約六反歩を小作しているのであるが、前示失明状態のため田畑耕も人夫の手伝を余儀なくされたもので資産としては家屋を有するのみであること、一方喜三郎は明治四十年生で小学卒業の学歴を有し妻との間に五男二女があり、資産として家屋敷に多少の山林があり村内でも中流以上の生活をしている者であることが認められ、これに前認定の諸般の事情を斟酌すると、藤市の右精神上の苦痛を慰藉するに足る金額は金五万円をもつて相当と認める。
以上合計金六万八千百四十六円四十七銭は藤市が喜三郎の前示殴打により結局失明状態となつた結果、藤市の被つた損害であるから喜三郎においてこれを賠償すべき義務がある。
第一審被告喜三郎は、右喜三郎が藤市を殴打したのは藤市が喜三郎所有の燃料用薪を窃取したためであつて、喜三郎の殴打が不法であることは認めるが、藤市も亦殴打されるにつき責任乃至過失があるとして、喜三郎の負担すべき賠償額を定めるについてこの点の過失相殺を主張するから案ずるに、藤市が喜三郎所有の燃料用薪を窃取した点については前掲乙第一乃至第三号証、第十八号証中この点に関する記載は、前掲乙第四号証、甲第四十三号証、第六十八号証に照しこれを採用し難く他にこれを認めるに足る証拠はないからこの点の主張は採用しない。
以上により第一審被告は第一審原告藤市に対し前示金六万八千百四十六円四十七銭、及びこれに対する原審訴状送達の翌日であることに争のない昭和二十一年九月二十一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による損害金を支払うべき義務がある。よつて第一審原告藤市の本訴請求は右の限度において正当である。
よつて第一審原告藤市の本件控訴は右認定の範囲において一部理由があり、第一審被告喜三郎の本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第八十九条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村木達夫 檀崎喜作 細野幸雄)